更新日時 2020年03月23日
住友大阪セメント伊吹工場専用線:かつては近江長岡駅北側へ分岐し、住友大阪セメント(旧・大阪セメント)伊吹工場へと続く専用線が存在した。専用線は、かつての東海道本線の廃線跡を一部流用する形で敷設された全長3.7kmの電化路線で、同社の私有電気機関車であるいぶき500形が2両運用されていた。同線の廃止後、いぶき500形は大井川鉄道(現、大井川鐵道)へ転じている。1952年(昭和27年)7月大阪セメント伊吹工場新設。1952年(昭和27年)5月頃大阪窯業セメント(現在の住友大阪セメント)専用線が運行開始。1994年(平成6年)10月 住友セメントと大阪セメントが合併、住友大阪セメント株式会社となる。1999年(平成11年)6月28日貨物列車の発着最終日、住友大阪セメント専用線の運行終了。2003年(平成15年)3月伊吹工場でのセメント生産を停止。 | |
@近江長岡駅(おうみながおかえき)は、滋賀県米原市長岡にある、東海旅客鉄道(JR東海)・日本貨物鉄道(JR貨物)東海道本線の駅である。もともと、現在の国道365号に沿った旧線から米原駅方面へ分岐されたルート上に設置された駅であるため、関ヶ原駅 - 米原駅において当駅付近のみ北側へ迂回しているような線形となっている(国道21号や東海道新幹線、名神高速道路等は直進している)。このため、当駅から関ヶ原駅まで半径402mのカーブが多数あり、制限速度80km/hの区間が頻発する。 | |
@近江長岡駅構造は島式ホーム2面4線を有する地上駅。駅舎は構内西側にあり、2つのホームとは地下通路で連絡している。東海交通事業の職員が業務を担当する業務委託駅で、大垣駅が当駅を管理している。1999年頃に、直営駅から業務委託駅に変更された。みどりの窓口が設置されているが、JR東海では、現在は簡易委託駅にもマルス端末が設置されているためか、窓口の「みどりの窓口」マークは消去されている。通常は本線である2・3番線のみ使用する。1・4番線は待避線であり、1番線は一部の列車が使用するが、2010年度ダイヤでは4番線への旅客列車の発着はない。 | |
@現在は臨時車扱貨物のみを取り扱っており、貨物列車の発着は無い。かつては駅北側へ分岐し、住友大阪セメント(旧・大阪セメント)伊吹工場へと続く専用線が存在した。専用線は、かつての東海道本線の廃線跡を一部流用する形で敷設された全長3.7kmの電化路線で、同社の私有電気機関車であるいぶき500形が2両運用されていた。同線の廃止後、いぶき500形は大井川鉄道(現、大井川鐵道)へ転じている。 | |
A近江長岡駅の貨物駅跡が残る。 | |
B近江長岡駅の貨物駅跡が残る。住友大阪セメント伊吹工場専用線の0キロポスト。 | |
BPlasser&Theurer 08-2X エンジン水冷8気筒 BF8M1015C 最大出力370kw(503ps)/2100rpm 機械全長 17.900m 機械全幅 2.940m 機械全高 3.720m 機械重量 54.500t |
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B近江長岡駅の貨物駅跡が残る。 | |
C近江長岡駅の貨物駅跡が残る。水路に橋台跡が残る。 | |
C住友大阪セメント伊吹工場専用線跡。橋梁が残る。 | |
D住友大阪セメント伊吹工場専用線跡。 | |
D住友大阪セメント伊吹工場専用線跡。 | |
D伊吹山は、良質な石灰岩(セメントの材料になります)の山地として知られています。昭和27年に鉱山として開山し、同時期にセメント専用鉄道が開通しました。開通当時はSLでしたが、その後、ディーゼル機関車を経て、電気機関車「いぶき号」になり、閉鎖される平成11年まで走り続けました。「伊吹せんろみち」は、地域発展の歴史を次の世代に受け継ぐために、住民参加型で廃線敷きを道路として計画したものです。 | |
D住友大阪セメント伊吹工場専用線跡。天野川に架かる鉄橋。 | |
D住友大阪セメント伊吹工場専用線跡。天野川に架かる鉄橋。 | |
D住友大阪セメント伊吹工場専用線跡。 | |
E住友大阪セメント伊吹工場専用線跡。新幹線の高架下を潜る。 | |
F住友大阪セメント伊吹工場専用線跡。 | |
G住友大阪セメント伊吹工場専用線跡。15sレールの柵が残っている。 | |
G住友大阪セメント伊吹工場専用線跡。鉄道設備のBOXか? | |
H住友大阪セメント伊吹工場専用線跡。ホッパー跡の様だ。 | |
I住友大阪セメント伊吹工場専用線跡。 | |
J住友大阪セメント伊吹工場専用線跡。撤去したレールが残されている。 | |
K住友大阪セメント伊吹工場専用線跡。 | |
L住友大阪セメント伊吹工場専用線跡。 | |
M住友大阪セメント伊吹工場専用線跡。 | |
M住友大阪セメント伊吹工場専用線跡。キロポストが残る。 | |
N住友大阪セメント伊吹工場専用線跡。 | |
O住友大阪セメント伊吹工場専用線跡。 | |
P住友大阪セメント伊吹工場専用線跡。隧道の上は東海道線(官設鉄道)跡。 | |
P住友大阪セメント伊吹工場専用線跡。隧道が残る。 | |
P住友大阪セメント伊吹工場専用線跡。隧道が残る。 | |
P住友大阪セメント伊吹工場専用線跡。隧道が残る。 | |
Q住友大阪セメント伊吹工場専用線跡。 | |
R住友大阪セメント伊吹工場専用線跡。 | |
S住友大阪セメント伊吹工場専用線跡。 | |
@住友大阪セメント伊吹工場専用線跡。伊吹山奉納太鼓踊りは、松明持ち、笛、太鼓、鉦(かね)、踊り手、ふくべ(ひょうたん)振りらおよそ180人が行列となって、上野会館前を正午にスタートし、三之宮神社まで150メートルほどの距離を1時間30分かけて、踊りながらゆっくりゆっくりと行進する。笛、鉦と太鼓が鳴らされ、「よーい、そーりゃ」の合いの手が入るたびに1歩だけ前進する。役割ごとに華やかな衣装をきっちりと着込み、踊りや鳴り物も見事にそろっている行列が進むさまは勇壮だ。行列全員が境内に到着すると、輪になって奉納の踊りが始まった。ひとつ目の踊りを終えたところで休憩に入る。休憩後は奉納踊が再開。鉦と太鼓が中心となって、息の合った踊りが行われていく。小気味良いリズムと、楽しげな踊りは大勢の観客を魅了する。 | |
A住友大阪セメント伊吹工場専用線跡。 | |
B住友大阪セメント伊吹工場専用線跡。線路の絵が描かれている。 | |
C住友大阪セメント伊吹工場専用線跡。駅のモニュメントがある。 | |
C住友大阪セメント伊吹工場専用線跡。駅のモニュメントがある。 | |
D住友大阪セメント伊吹工場専用線跡。駐車場に転用されている。 | |
E住友大阪セメント伊吹工場跡。奥にベルトコンベアが見える。 | |
E住友大阪セメント伊吹工場跡。住友大阪セメント株式会社(すみともおおさかセメント)は、日本のセメントメーカーである。前身の住友セメントが住友グループ、大阪セメントが三和グループに属しているため、住友色と三和色を併せ持つセメントメーカーであるといえる。セメント販売は太平洋セメント、宇部三菱セメントに次いで国内3位。 | |
E住友大阪セメント伊吹工場跡。 | F現役の滋賀興産事業所。 |
G伊吹山からの石灰石を運んでいるベルトコンベア。 | |
H住友大阪セメント伊吹工場跡。大阪セメントが1952年(昭和27年)7月伊吹工場新設。1994年(平成6年)10月住友セメントと大阪セメントが合併、住友大阪セメント株式会社となる。2003年(平成15年)3月伊吹工場でのセメント生産を停止。 | |
I住友大阪セメント伊吹工場跡。 | |
J住友大阪セメント伊吹工場跡。 | |
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