廃線探索 大網駅短絡線

更新日時 2009年12月21日

 大網駅は当初は東金駅方面から千葉駅方面と安房鴨川駅方面に分岐する線形となっており、房総東線(現外房線)はスイッチバックが必要であった。1972年に駅と外房線の線路が移設されて現在の姿となる。元の外房線線路は貨物用として1997年まで残っていた。1896年(明治29年)1月20日 房総鉄道の駅として開業。 1897年(明治30年)4月17日 大網駅・一ノ宮間延伸開業。大網駅ではスイッチバックが必要であり、千葉から大網までと大網から一宮まででは、列車の前後が逆転する。SLは転車台で方向転換しディーゼルカーは運転士と車掌が前後を交代するなど大変時間のロスが大きかった。1897年(明治30年)4月17日 大網駅・一ノ宮間延伸開業。 1900年(明治33年)6月30日 大網駅・東金間延伸開業し千葉から東金へ直通運行出来た。1972年(昭和47年)5月27日 大網駅は現在の場所へ移転し、スイッチバックを解消し駅を600m土気方面に移転し千葉方面から外房方面へ直進のみで進めるようになり、利便性が飛躍的に向上した。大網駅は2又に分かれるタイプの駅となった。土気-大網間は勾配がきつく短絡線の目的は急勾配の土気−大網間を避けるために貨物列車が、大網−成東−佐倉と東金線、総武本線へと迂回するためであった。また、成東、東金方面からの貨物輸送のため、新しい大網駅を通らず、そのまま外房線へ抜ける旧線は貨物専用の短絡線として残されたが、1971年(昭和46年)7月1日 貨物扱い廃止。 1997年(平成9年)3月 新茂原駅での貨物取扱廃止に伴い、構内短絡線廃止した。
旧大網駅の空中写真(1974年撮影 国土画像情報カラー空中写真(国土交通省)より)
@茂原方面からの分岐位置:茂原方面を見る @茂原方面からの分岐位置:東金方面を見る
A煉瓦作りの橋台の遺構が残っている
A廃線跡は建設資材置き場になっている A廃線跡は建設資材置き場になっている
B位置的に不動産屋の建物が廃線跡 B区画整理が進み廃線跡は解らなくなっている
B区画整理が進み廃線跡は解らなくなっている Cこの川にも橋が架かっていたと思われる
Cこの川にも橋が架かっていたと思われる D右のコンテナハウスの場所が廃線ああと
E廃線跡は建設資材置き場になっている E右の建設資材置き場が廃線跡
F排水路が廃線跡を貫通している F廃線跡の三角地に???
G廃線跡は道路資材置き場になっている。 G廃線跡:東金方面を見る
G金谷踏切:橋台跡:東金方面を見る G金谷踏切横の橋台跡:東金方面を見る
G金谷踏切 G金谷踏切横の橋台跡:茂原方面を見る
G金谷踏切横の橋台跡:茂原方面を見る G金谷踏切から東金方面を見る
G金谷踏切から大網駅方面を見る G金谷踏切から東金方面を見る
H旧大網駅跡:大網保線区
H旧大網駅跡 H旧東金駅前の旧民家
I旧大網駅:東金方面を見る I旧踏切跡:現在は使われていない
J旧大網駅跡地は公園になっている J旗ふりて出征兵士見送りし駅舎の跡に子供らの歓声  大塚喜一
J腕木式信号機 J旧大網駅跡地看板
J旧大網駅ホーム:草でホームか解らない J旧大網駅ホーム:大網駅方面を見る
J旧大網駅ホーム:大網駅方面を見る J旧大網駅ホーム:東金方面を見る
K旧大網駅:跡踏切から東金方面を見る K旧大網駅:跡踏切から旧大網駅方面を見る
K旧大網駅:跡踏切から東金方面を見る K旧大網駅:跡踏切から旧大網駅方面を見る
L不動産屋さんの店頭ディスプレー オーナーの方が電車好きなのか?大網駅の短絡線とは関係なさそうである
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