更新日時 2011年03月22日

 石見銀山大久保間歩(間歩番号165)は銀山採掘のために掘られた「間歩」と呼ばれる坑道が500余りある中で一番大きな間歩である。石見銀山(いわみぎんざん)は、島根県大田市にある、戦国時代後期から江戸時代前期にかけて最盛期を迎えた日本最大の銀山(現在は閉山)である。当時世界の銀の3割を産出したと推定される。大森銀山(おおもりぎんざん)とも呼ばれ、江戸時代初期は佐摩銀山(さまぎんざん)と呼ばれた。明治期以降は銅などの鉱物が主に採鉱された。鉱脈は石見国東部、現在の島根県大田市大森の地を中心とし、同市仁摩町や温泉津町にも広がっていた。日本を代表する鉱山遺跡として1969年(昭和44年)に国によって史跡に指定。2007年(平成19年)6月28日にニュージーランドのクライストチャーチで開催されていた世界遺産委員会でユネスコの世界遺産(文化遺産)への登録が決まり、7月2日に正式登録された。一般に銀山開発においては銀の精錬のため大量の薪炭用木材が必要とされたが、石見銀山では適切な森林の管理がなされたことにより環境への負荷の少ない開発がなされ、今日に至るまで銀山一帯には広葉樹などを含む森林が残されてきている点が特に評価されている。2007年には日本の地質百選にも選定されている。初期には仙ノ山山頂付近から自然銀に富む福石(ふくいし)が主に産出し、開発が進行するにつれ地下深くなり、銀を多く含む黄銅鉱、黄鉄鉱、方鉛鉱などの永久鉱床(えいきゅうこうしょう)の採掘に移行していった。
大久保間歩 一般公開限定ツアー
大人 3,800円/1人  小中学生 2,800円/1人 ※小学生未満はご入場できません。
参加料内訳(大久保間歩入坑料・石見銀山ガイド料・バス代・保険料等含む)
 石見銀山世界遺産センターは石見銀山の歴史や鉱山と暮らしの学習施設。ガイダンスコーナー、遺跡立体模型や遺跡クイズ等様々なプログラムでより深く石見銀山を体感できます。「世界遺産 石見銀山遺跡」の価値や魅力、全体像を分かりやすく紹介する拠点施設。約400台分の駐車場を備え、訪れた方が路線バスに乗り換えて銀山地区や大森の町並み保存地区に向かう「パーク&ライド」の拠点でもある。メインの展示室では、17世紀初めの「吹屋」(製錬所)や銀山最大級の坑道「大久保間歩(おおくぼまぶ)」の坑内などのさまざまな再現模型、CGを駆使した映像、出土遺物などの多彩な展示を通して、世界に影響を与えた石見銀山の歴史や鉱山技術など、世界遺産としての価値が深く理解できるものとなっている。遺跡や街並みなどの現地を訪れる事前学習にも最適。
 大久保間歩一般公開限定ツアーは石見銀山世界遺産センター集合です。 御取納長銀5倍拡大レプリカ重量は約26s。
制作費は約1000万円だそうです。
30sなので約300万円です。 釜屋間歩周辺の当時の模型。
銀の精錬風景。
石見銀山世界遺産センターから本谷スポット広場まで来ます。建物はトイレ。
 本谷地区:石見銀山の本谷地区は、品位の高い銀鉱石をもつ福石鉱床があることから、戦国時代から江戸時代を通じて本格的な開発が行われた地区です。本間歩(石見銀山では坑道を「間歩」と呼ぶ)から石銀地区にかけたは露頭堀り跡が集中し、谷一帯には坑道の坑口が分布しています。また、銀の精錬や生活のための建物が有ったと考えられる平坦地が、山頂付近の石銀地区から本谷の谷筋に連続して広がっています。江戸時代初めの大増産を生み出した釜屋間歩と周辺の遺跡群、明治時代まで採掘が行われた大久保間歩などが位置しています。
 本谷口番所跡:仙ノ山の南側には、「本谷口」と、そこから山裾を北側にまわったところの「水落口」の2つの番所がありました。江戸時代の石見銀山には、初め周囲を廻る柵が設けられ、寛永18年(1641年)からは松を植えた垣松によって鉱山の内外が区分されていました。門、番所の構造は不明ですが、絵図には間口が3間(約5.8m)、奥行2間(約3.9m)はどの平屋の建物が描かれています。番所は右奥の平坦地に設けられたと推定されます。
大久保間歩へ行く登山道。本谷スポット広場からは徒歩で行く。
下金生坑。間歩番号169。
大久保間歩へ行く登山道。前日降った雪が残る。
金生坑。間歩番号168。
金生坑脇の間歩。間歩番号不明。 大久保間歩管理棟。
ここでヘルメットと長靴・懐中電灯を借ります。
 大久保間歩:江戸時代から明治時代にかけて大規模に開発された坑道です。構内には江戸時代と推定される縦横に走る坑道や、明治時代の開発で坑道を拡幅した様子などを見ることができます。江戸時代、初代銀山奉行の大久保長安が槍を持って馬に乗ったままで入ったという伝承から、大久保という間歩名になったといわれています。坑口付近には、明治時代の再開発の時に敷かれたトロッコの軌道の跡や削岩機による採掘の跡が残っています。主坑道は坑口から約150m地点で落盤し、坑口から約50m地点と約110m地点で西に分岐しています。坑内の天井までの高さは最も高いところで約5mを測り、大規模な坑道であることがわかります。坑口から約50mのところで、大久保間歩の下部に位置する金生坑と連結する明治時代の竪坑・斜坑があり、坑道の掘削技術の移り変わりを見ることができます。
石見銀山の坑道図。 入口部は鉄骨で補強されている。
大久保間歩の内部。入口部は鉄骨で補強されている。
トロッコの枕木が残る。 大久保間歩の ひ押し坑。
大久保間歩のメイン坑道。
大久保間歩のメイン坑道。 大久保間歩の ひ押し坑。
この先は立入禁止。下へは金生坑への竪坑。 大久保間歩のメイン坑道。
この先は大久保間歩の ひ押し坑。 大久保間歩の ひ押し坑。
大久保間歩内には蝙蝠が生息する。 大久保間歩の ひ押し坑。
ガイドが先行する。 白いのは銀かと思ったが、カビらしい。
この先は大久保間歩の ひ押し坑。
大久保間歩の ひ押し坑。 白いのはカビ。
大久保間歩の ひ押し坑。 この先は立入禁止。下へは金生坑への竪坑。
大久保間歩の坑内温度は1℃。  大久保間歩坑内の水の中にはチョウセンメクラヨコエビ(端脚目: メクラヨコエビ科)が生息する。
大久保間歩から釜屋間歩迄の道のり。
謎の岩の切り込みと平坦地。
間歩番号285。 間歩番号164。
分岐点。
間歩番号111。 釜屋間歩。
釜屋間歩。間歩番号100。 釜屋間歩内部。
釜屋間歩脇の階段。 釜屋間歩周辺地形図。
釜屋間歩周辺。
釜屋間歩から本間歩へ行く登山道。 間歩番号110。
石見銀山  龍源寺間歩 石見鉱山
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出典:大田市観光協会事務局
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