更新日時 2022年06月05日

 尺浦隧道・浦幌炭鉱軌道:尺別炭鉱と浦幌炭鉱間に1941年(昭和16年)11月に竣工した尺浦隧道の坑口跡が尺別炭鉱側、中間部の直別川沿い、浦幌炭鉱側に杭口が残る。浦幌炭鉱は北海道十勝郡浦幌町にあった炭鉱で1895年(明治28年)に古河鉱業が探鉱。1913年(大正2年)大和鉱業が買収し開発を進める。1921年(大正10年)第一次世界大戦後の不況により休山。1933年(昭和8年)に大和鉱業が再開発開始。留真坑・双運坑・太平坑から出炭して石炭は馬車軌道で浦幌駅へ運んでいた。1936年(昭和11年)に三菱雄別炭鉱鉄道が買収し尺別炭鉱の管理下となる。当初は尺別炭鉱まで索道で運搬していたが、1941年(昭和16年)11月に竣工した尺浦隧道が出来ると運炭は尺浦隧道経由に変わる。1948年(昭和23年)に約22万t出炭したがエネルギー革命により業績が悪化し1954年(昭和29年)閉山。
N尺別炭鉱側の尺浦隧道杭口。尺別炭鉱鉄道リンク
N尺別炭鉱側の尺浦隧道杭口。中間部や浦幌側の杭口より入口が大きい。
N尺別炭鉱側の尺浦隧道杭口内部より尺別側杭口外部を見る。
N尺別炭鉱側の尺浦隧道杭口は数m程で閉塞していた。
@尺浦隧道の直別川沿いの尺別側杭口。
@尺浦隧道の直別川沿いの尺別側杭口。
@尺浦隧道の直別川沿いの尺別側杭口は数m程で閉塞。
A尺浦隧道中間部の小川を渡る橋台が残る。
A尺浦隧道中間部の小川を渡る橋台の片側は崩壊している。。
A尺浦隧道中間部の小川を渡る橋台の先から尺浦隧道中間部尺別側杭口を見る。
B尺浦隧道中間部の廃線跡。
C尺浦隧道中間部の廃線跡。
D尺浦隧道中間部の直別川を渡る橋台跡。
E尺浦隧道中間部の浦幌炭鉱側杭口。
F尺浦隧道中間部の浦幌炭鉱側杭口。
F尺浦隧道中間部の浦幌炭鉱側杭口内部は水没している。
G浦幌炭鉱跡に設置されている昭和23年以降の浦幌炭鉱略図。
H尺浦隧道の浦幌炭鉱側杭口。扁額の文字が逆なのは掛け替えた?へへ
ポータルの模様から浦幌炭鉱側杭口と判断。
H尺浦隧道の浦幌炭鉱側杭口。
H尺浦隧道の浦幌炭鉱側杭口。
H尺浦隧道の浦幌炭鉱側杭口は数m程で閉塞。
I浦幌炭鉱軌道の常室川を渡る橋台。
J太平杭の杭口ここから約4kmの看板。
K浦幌炭鉱の通風口杭口。
K浦幌炭鉱の通風口内部。
K浦幌炭鉱の通風口内部は数mで水没。白いのは羽虫が飛んでいる。
L浦幌炭鉱の排気口杭口。ほのかに硫黄臭がする。
L浦幌炭鉱の排気口杭口から硫黄臭のする冷泉が湧き出ている。
L浦幌炭鉱の排気口杭口は硫黄臭がする為か羽虫が全く居なかった。
M浦幌炭鉱の太平坑に続く廃線跡。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『釧路市・浦幌町』を掲載」
鉱山軌道 尺浦隧道・浦幌炭鉱軌道