更新日時 2011年08月19日

 大都会東京に存在する旧陸軍砲兵工科学校跡地に隧道が現在でも存在することを知り見に行きました。
 東京都戦没者霊苑(とうきょうとせんぼつしゃれいえん)は、東京都文京区にある慰霊施設。太平洋戦争における東京都の戦没者の霊が祀られている。太平洋戦争によって東京都では16万余りの戦没者がでた。それをうけて、戦没者の慰霊と平和の願いをこめ、1960年(昭和35年)6月に忠霊塔建設予定地だったところ(小石川陸軍工科学校跡地)に建立された。老朽化したため、大改修され、1988年(昭和63年)3月に完成し、現在の姿となる。設計は相田武文。山本健吉による碑文がある。戦没日本兵の遺品展示室がある。東京都福祉保健局生活福祉部の所管。
 陸軍砲兵工科学校跡の石碑。碑文:ここは近代陸軍技術教育発祥の地である。明治5年7月15日政府は佛国砲兵大尉ジョルジュ・ルボン氏を招聘しここに諸工伝習所を創立してから第2次世界大戦終結までその名は陸軍砲兵工科学校陸軍工科学校陸軍兵器学校とかかわったが73年間たゆることなく陸軍技術の教育が続けられた本年は諸工伝習所創立100周年にあたるのでその教育を受けた有志がここに碑を建てて先達の歩みに思いをいたすものである。昭和47年7月15日。
 後楽園駅近くの礫川公園と東京都戦没者慰霊園の境ぐらいの緑地の中に煉瓦造りの隧道ポータルがある。煉瓦造りの隧道ポータルは閉鎖されている。遺構調査機構のホームページでは中に入れる様なことが書かれていたが・・・
 さすがにこれを見たら、入れませんね。この隧道に入ったレポートが遺構調査機構レポート に書かれています。
この穴は・・・これも遺構調査機構を見てください。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
大都会東京に存在する旧陸軍砲兵工科学校隧道